← 戻る 「新聞記者って、文章うまくない人が多いんですよね」 ムッとした記者が「バスる記事」にたどり着くまで
今では多くの人が新聞や雑誌といった紙媒体ではなくスマホなどからニュース記事を読んでいる(photo gettyimages)
新聞や雑誌など「紙媒体」の発行部数は減る傾向にあり、「情報はデジタルで得る」がもはや主流だ。各メディアはデジタルで多くの読者に読まれる、いわゆる「バズる記事」を生み出すことに力を注ぐが、そこには「紙媒体の発想からの転換」も必要になってくる。共同通信社で長く新聞記者を経験、その後デジタルニュース配信の担当となった斉藤友彦さん(現・デジタル事業部担当部長)に話を聞いた。
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斉藤さんは「バズる記事」を生み出すための悪戦苦闘の日々を『新聞記者がネット記事をバズらせるために考えたこと』(集英社新書)という著書にまとめた。たどりついた「バズる記事」のノウハウ、一方で「恐怖も感じる」というデジタル情報空間への危惧などを記している。
斉藤さんには、忘れられない言葉がある。
15年ほど前、東京都内のカフェで「これまで取材してきたテーマを本にしたい」と、ある編集者に相談したときのこと。それまで新聞社の「外」で原稿を書いたことがないと話す斉藤さんに、編集者は気乗りしない様子を見せつつこう言った。
「新聞記者って、文章うまくない人が多いんですよね」
意外に思う人がほとんどだろう。出版の世界で30年ほど働いてきた筆者も、新聞記者の原稿の的確さ、処理能力の高さには「こりゃかなわない」と舌を巻く機会が多かった。
斉藤さんも当時、「どういう意味なのか」を理解しかねた。ムッとする気持ちも「もちろんあった」と話す。
「毎日毎日、文章を書くのが仕事でしたから心外でした。モヤモヤとした疑問はずっと頭の中に残り続けることになりました」
■衝撃を受けるほどのPV
だが後に、編集者の「真意」に斉藤さんは気づくことになる。きっかけは2021年、デジタル向けに記事を出すため社内に新設された「デジタルコンテンツ部」に、初代部員として配属されたことだった。
「共同通信のニュースサイト『47NEWS』に、記者が書く1500字から4000字程度の原稿を配信するのですが、『こんなに読まれないのか』と衝撃を受けるほどPV(ページビュー=そのサイト内の特定のページが表示された回数)が少なかったんです」
新聞記者は、原稿が散漫にならないよう要点を簡潔に、コンパクトに無駄なく書くように徹底して教育される。「文章がうまい」という自負もある。そんなプロの原稿がなぜ、「広く読まれない」のか。ここは新聞記事で培ったノウハウや発想を捨て去り、「別物」としてとらえなおす必要があるのではないか。そう感じた斉藤さんは、「読まれない理由」を探り始める。
世の中で「バズっている」記事の分析はもちろん、Z世代の若者を含む受け手に47NEWSの記事を読んでもらい、「どこがダメだと感じるか」をリサーチする日々を続ける。そんな中で、次第に見えてきたことがあった。
「新聞記事とデジタルの記事とでは、読者が『情報をどういう形で受け取ろうとしているか』の感覚が大きく違うということです。以前はアンテナを広げて情報をなるべく多く受け取ること、そしてそのために努力する『能動的な形』を良しとしてきました。でもいま、とくに若い世代は正反対。情報は手のひらのスマホに溢れて、アンテナを広げようものなら情報に溺れてしまう。情報は自分に関係すること、自分事と思えることに絞る必要があるんです」
そんな受け手はどんな記事を欲しているのか。斉藤さんは、「共感性」と「ストーリー性」という二つの要素が大きなポイントになることに気づく。
「新聞記事のように、知識や教訓が簡潔にまとめられたいわば『説明文』を能動的に受け取ることを欲しているのではなく、読んで共感し、感情が動かされ、自分事として追体験しながら読める『ストーリー』を、受動的に受け取ることを欲しているのだと思います」
たとえば、その記事に読者が感情移入できる「主人公」がいて、記事はその主人公の目線で、主人公の目の前で起きたことを、時系列で書いていく──つまりストーリーにすることがまず、大事になってくるのだと斉藤さんは言う。
■カギカッコの使い方
では具体的にどうやって、記事を「共感してもらえるストーリー」にするか。そのためにはもちろん、「読みやすさへの工夫」が必要になってくる。
たとえば、カギカッコの使い方。「『〇〇〇~』と▽▽さんは話した。」と書いてしまうと、受け手は「カギカッコの中が長い場合、その後に主語や述語が来ると、そこを読むまで誰の発言かわからずストレス。テンポも悪い」と感じてしまうケースが多いのだと言う。ここは「▽▽さんは話す。『〇〇〇~』」と書くのがいいというのが、斉藤さんのたどり着いたやり方だった。
「つまりカギカッコの前にその発言者を置き、登場人物の発言の後ろに述語が来ないようにする。そんな小さいところも工夫するようにしました」
他にも、「出だしは、できれば場面の描写から入る」「段落が変わるたびに『次に何を読まされるのか』がわからず読者がストレスを感じないよう、『まずは』『同時に』『さらに』などの接続詞や、『この点は』『その問題は』などの指示語をやりすぎなくらいに多用する」などのポイントも、効果があったという。
ただ、課題はそれらを同僚たちにどう説得するか、だった。
「すごく大変でした。とくにカギカッコと接続詞、指示語については『なんで?』と何回も聞かれました。新聞的な発想でいうとそれは『美しい文章』ではない。ゴチャゴチャした接続詞や指示語は、新聞記者なら真っ先に削る候補ですから。でもデジタルでは美しい文章ではなく、あくまでも『読者が読み進めやすい文章』が求められているのだと思います」
デジタルという「感情の世界」に合わせて、共感とストーリー性を突き詰めた結果、47NEWSでは平均的なPVが上がり、「バズる記事」も高確率で出るようになった。しかし一方で斉藤さんは、メディアが共感を最優先して突き進んでいくことへの恐怖も感じているという。
「受け手の感情を動かせば、PVは上がる。でも多くのメディアがPV至上主義でそればかりやっていると、記事を読んでほしいがために人々の感情を刺激するだけの方向に進んでいきかねない。市民の感情が煽られ、冷静さを失った社会の危険性は、歴史を振り返るまでもありません」
その点は十分に肝に銘じるべき。でも、かといって私たちメディアは「デジタル」に背を向けることはできない。斉藤さんは、そう言い切る。
「紙媒体を読む人が減る現実の中、社会的に価値があるとメディアが信じ、『伝えなきゃ』と思う情報はできるだけ多くの人に届ける。そのためには、もはやデジタルで出さなきゃ意味がない。そのために、書き方を工夫する努力を怠らない。それに尽きます。苦い薬を甘くして何とか飲んでもらう。そんな感覚に近いかもしれません」
■デジタル空間のあやうさ
斉藤さんが著作を世に出したのは、メディアで働く同業者にノウハウや思いを伝えるためだけではない。デジタルという情報空間が持つあやうさや、危険性。それを「受け手」にも知ってもらいたいと考えている。
「私たちがいまや手放せなくなったデジタルの情報空間というものがいまどうなっているのか。社会全体で共有すべきことだと思いますし、新聞という旧来のメディアの人間が苦闘する姿を通して、読者にも一緒に考えてほしい。そんな思いもあります」
【プロフィール】
さいとう・ともひこ/1972年生まれ。共同通信社社会部記者、社会部次長などを経て2024年5月から同社デジタル事業部担当部長。著書に『和牛詐欺 人を騙す犯罪はなぜなくならないのか』(講談社)など
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カテゴリ: business
日付: 2025/04/22; 16:32:00
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